バッコ博士の構造塾

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こんな家住みたくない:構造設計一級建築士が避ける建物

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構造設計者だからと言って、強い家に住んでいるとは限りません。でも、わざわざ弱い家に住もうとは思いません。

 

□■□疑問■□■

構造設計者が「こんな家にだけは住みたくない」と感じる住宅・マンションがあれば教えてください。

 

□■□回答■□■

1981年の耐震基準改正前の建物は基本的に避けます。新築に限定しますと、狭小3階建て+ビルドインガレージ、ピロティ形式のマンションは住みたくないという設計者が多いです。意外なことに、一部の設計者の間では「耐震等級2」も不人気です。

構造設計者の住まい:専門家がどんな家に住んでいるか聞いてみた

 

 

狭小3階建て+ビルドインガレージ

耐震性が気になる木造住宅の筆頭格だと思います。何がそんなに嫌か説明します。

 

偏心が嫌

狭小3階建ては別にいいです。ビルドインガレージも構いません。ただ、この両者を組み合わせるのは勘弁してほしい、そういう構造設計者が多いです。

 

狭小住宅では間口が狭く、奥行きが深くなっていることが多いわけです。そのため、前面道路と平行に地面が揺れる場合、地震に抵抗するための耐震壁を十分に設置することが難しくなります。

 

構造設計において、耐震壁をバランスよく配置するのは基本中の基本です。しかし、狭小地にビルドインガレージを設けると、間口のほとんどを占領してしまいます。当然その横には玄関ドアも必要になりますし、ほとんど壁を設置するスペースがなくなります。

 

奥行きに対するガレージの割合が小さいのであれば問題も少ないですが、狭小地ですのでかなり大きな比率になります。1階の外側の壁から2階、3階部分が大きく飛び出していることになります。この飛び出した部分の慣性力(地震力)が建物をねじろうとします。地震の水平方向(横向き)の力とは別に、回転方向の力が建物に加わるということです。

 

壁の配置が偏ると、建物の重さと硬さのバランスが崩れた状態になります。これを「偏心」といいます。偏心した建物は、過去の地震でも大きな被害につながった事例が多いです。

 

床がコンクリートでできていれば、この回転方向の力に建物全体で抵抗することができます。コンクリートの床はとても硬いため、全ての壁や柱が同じような動きをするからです。ただ、木造の場合はそこまでの硬さは期待できず、飛び出した床周辺の壁に力が集まりがちです。また、床自体が変形するため、前面道路側の柱が大きく変形することになります。

 

1階柱直上の2階3階の壁が嫌

偏心した建物では、変形が大きくなるところと小さくなるところができます。変形が大きくなるところは気を使って設計する必要があります。今回は「前面道路側の柱」がこれに該当します。

 

この柱に余計な力がかからないようにしたいところですが、通常はこの柱の直上かすぐ近くに2階と3階の壁が取り付きます。2階より上の面積を確保するには、道路際まで壁を持ってくる必要があるからです。

 

この壁は地震に抵抗し、直下にある柱を「押したり引っ張ったり」します。ただでさえ変形が大きくなり負担が大きいところに、さらに追い打ちをかけるようなものです。

 

2階を丸々リビングに充てているプランが多いため避けることが難しい問題です。前面道路側の柱に変形性能を持たせるために、どのような設計的配慮がなされているかがポイントです。

 

構造計算実施の効果は?

木造の3階建てであれば構造計算は必須です。建築基準法に従い、建物の変形量や各部材に生じる力の大きさを計算し、安全性の検証を行います。通常の2階建て住宅の検証に用いられる「壁量計算」に比べると、その計算に要する時間や手間は段違いに多く、信頼性が高い検証方法です。

 

しかし、信頼性が高いことと、建物が強いこととは何の関係もありません。建築基準法が求める耐震性能を満たしているかどうか、と聞かれた場合に「壁量計算しかしない場合よりも満たしている可能性が高い」だけです。それはそれで価値がありますが。

 

「構造計算を行ったから倒壊を免れた」のように、あたかも構造設計が建物を強くしたかのような表現も散見されますが、「そういう側面も無くはないかな」というレベルです。構造計算の有無に依らず、全ての新築建物はこの性能を満たしていることになっています。

 

「壁量計算」した2階建てと「構造計算」した3階建てではどちらが強いか、それは設計の中身を覗いてみないとわかりません。

 

自分で設計したならいざ知らず、人様が設計したのであれば不安が付きまとう構造です。構造計算書があるので、設計方針や計算内容について建築士と十分に話す機会があり、十分に納得することができれば購入を検討するかもしれません。

 

ピロティ形式のマンション

ピロティは被害が多いことで有名です。2016年の熊本地震でも大きな被害が出ています。

 

理にかなっていないのが嫌

建物の規模にもよりますが、通常は下の階ほど大きな力を負担する必要があります。下の階ほど柱が太い、壁が厚い、というのは理解しやすいでしょう。ただピロティはそうなっていません。

 

ピロティとは、開放性を高めるため、1階に壁を設けず柱だけとしている建物形式です。マンションでは駐車場として利用するためというのが一番の採用理由でしょう。

 

もし2階以降も壁がなく、柱だけの構造であれば問題ありません。下の階ほど柱を強くしていけば、建物全体で地震に抵抗できます。タワーマンションでは大半の建物が柱と梁だけで構成されたラーメン構造を採用しており、地上階に壁を設置している例は少ないです(もちろん間仕切り壁はありますが、地震力は負担しません)。

 

しかし、通常の中低層のマンションでは間仕切り壁や垂れ壁、腰壁をコンクリートで造っている場合が多いです。その場合、必然的に壁のある階の方が硬く、強くなってしまいます。下の階よりも上の階が強い、これはどう考えても理にかなっていません。

 

先ほどの「狭小3階建て+ビルドインガレージ」は平面的にバランスが悪い建物でしたが、「ピロティ形式のマンション」は立面的にバランスが悪い建物と言えます。

 

建築基準法上の取り扱いが嫌

最近は耐震性を考慮して1階にも壁を設けるため、ピロティ形式のマンションは減少してきていると思います。ただ、法律上は建てられます。

 

ピロティ形式の建物に地震被害が多いことは周知の事実です。そのため、建築基準法上も「ピロティにするなら余裕を持たせる」ように、設計用の地震の力を割り増しています。

 

この「割り増せば大丈夫」という考えはごく自然ではありますが、どこか気に入りません。過去に何度となく建築基準法で想定した地震よりも大きな地震が起こってきました。その度に耐震基準ギリギリの建物の全てが全壊、倒壊に至っているわけではありません。

 

それは、構造設計者は計算上の数字だけでなく、数字上は評価できない部分、評価が難しい部分に工夫を施すことで建物の安全性を確保してきたからです。耐震工学はまだまだ未知の部分が多いということでもあります。

 

「地震力の割り増し」と「設計者の工夫」によりピロティは耐震性を確保できると考えています。法律は「割り増し」しか保証してくれません。誰が設計したかわからない、工夫が無いかもしれないピロティには住みたくありません。

 

ピロティの場合、計算書の確認だけでは不十分で、図面をしっかり確認しないと怖くて購入できません。

 

耐震等級2の木造住宅

耐震等級2の鉄筋コンクリート造のマンションなら特に迷いません。ただ、これが耐震等級2の木造住宅だと、思いとどまります。どちらかというと耐震等級1の方がよいです。

 

耐震等級1とは全ての建物が満たさなくてはならない最低の基準で、木造住宅の場合、「壁量計算」さえすればよいです。耐震等級2は耐震等級1の1.25倍以上の強さがあります。また、壁の量だけでなく、床の強さやその他の検討項目もあります。その上の耐震等級3では1.25倍ではなく、1.5倍以上の強さになります。

 

「じゃあ、どう考えても耐震等級1よりはいいだろ」と思われるかもしれませんが、そうとも言い切れません。耐震等級1は「壁量計算」しかしていません。床の強さの検討はしていないのです。そのため、最低基準の2倍の壁があろうが、3倍の壁があろうが耐震等級は1のままです。わざわざ申請用の書類を作成しない限り、強さに関わらず等級は1なのです。

 

耐震等級3は1.5倍以上なので、実際には2倍や3倍の強さがある可能性があります。しかし、耐震等級2は最高でも1.5倍にはならないのです。それ以上になると耐震等級3になるからです。

 

わざわざ強い家であることをアピールしようとして耐震等級を取得しているのに、等級が2止まり、というのは何ともさみしい限りです。木造住宅の壁量を1.25倍から1.5倍まで増やすのはそれほど難しくはありません。

 

それほど強くないかもしれない建物に「耐震等級2にしたからちょっと高い」お金は払いたくないです。