バッコ博士の構造塾

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溶接閉鎖鉄筋:マンション購入前に知っておきたいRC造の基本

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コンクリートの柱には主筋と帯筋という2種類の鉄筋が配置されています。柱と平行の太い鉄筋が「主筋」で、この主筋を取り囲んでいる細い鉄筋が「帯筋」です。

主筋とせん断補強筋(帯筋・あばら筋):各鉄筋の役割と違い

 

マンションの広告、パンフレット等で、この帯筋が「溶接閉鎖である」と強調されていることがあります。しかし、溶接閉鎖にしたことによる効果については、言及されているのを見たことがありません。

パンフレットを読み解く:マンション購入前に知っておきたいRC造の基本

 

実際のところ、溶接閉鎖による効果は何なのでしょうか。また、溶接閉鎖ではない場合はどうなるのでしょうか。

 

 

柱の鉄筋の役割

柱の役割は建物の重さを支えることと、地震時に生じる力に抵抗することです。これらの力により、柱は「伸び縮み」したり、「曲げ」られたりします。

 

その結果、柱には部分的に「引っ張る」力が生じます。コンクリートは引っ張る力に弱いため、それを補うのが主筋です。

 

また、柱は伸び縮みや曲げだけでなく、横方向にずらそうとする力である「せん断」にも抵抗しなくてはなりません。コンクリートだけでは耐えられる力が小さいため、それを補うのが帯筋です。

 

そもそも溶接閉鎖とは?

帯筋は「主筋を取り囲んでいる」と書きましたが、元々は細い1本の棒状の鉄筋です。それを折り曲げて、四角くしてから設置します。

 

このとき、両端をどのように処理するかがポイントになります。通常は両端を135°に曲げて主筋に引っかけるようにします。

 

溶接閉鎖では、文字通りこの両端を溶接によりくっつけてしまうことで四角形を閉じる、つまり閉鎖してしまいます。

 

鉄筋を曲げるだけの工程に溶接が加わるため、溶接閉鎖は手間がかかることになります。手間がかかるということは、当然コストが上がります。

 

そのため、ほとんどの建物では折り曲げるだけの方法を採用します。恐らく、分譲マンション以外の建物では採用されていないのではないでしょうか。

 

溶接閉鎖の効果

せん断力で柱が壊れる場合、鉄筋ではなくコンクリートが原因となります。そのため、帯筋の両端が135°に曲がっているのか、溶接閉鎖となっているのかは関係ありません。

 

その差が表れるのは、大地震によって建物に大きな変形が生じたときです。

 

建物に大きな変形が生じると、柱に大きな負担がかかります。その力に耐えられず、柱の外周部のコンクリートがボロボロと崩れ落ち始めます。

 

そうすると柱の主筋が外部に露出します。主筋自体は細長い材なので、コンクリートによる保護がなくなると外側にはらみ出そうとします。それを食い止めるのが帯筋です。

 

帯筋がはらみ出しに耐え切れず、主筋がグニャリと曲がり、建物の重さを支えきれなくなると建物は倒壊します。そのため、帯筋が頑張れば頑張るほど建物が倒壊しにくくなることになります。

 

そして、端部を折り曲げただけの帯筋よりも、溶接によりしっかりと閉じた鉄筋の方が大きな力に耐えられるのです。

 

溶接閉鎖の他にも「スパイラル」「斜め帯筋」といった配筋方法も効果的です。

 

計算上の取り扱い

上述の通り、溶接閉鎖の効果が発揮されるのは建物が倒れるかどうかという極限状態に近づいた場合です。しかし現在の解析技術では、コンクリートの柱が破壊する過程を精度よく再現することはできません。

 

コンクリートは主としてセメント、砂、砂利、水から成り、各作業現場で型枠に流し込んで柱や梁を構成します。そのため、一般の材料に比べ品質にばらつきがあります。

 

また、鉄筋と組み合わせることでその構造はより複雑になります。各種パラメータを調整すれば、解析結果を実験結果にある程度適合させることは可能ですが、建物一つ一つに対してはとてもできません。

有限要素法(FEM)と建築の親和性:安易な適用にはご用心

 

実験により溶接閉鎖の有用性は確認されていますが、それがどの程度かという数値的な評価は難しいのが現状です。また、通常の135°に曲げた帯筋でも、構造計算で取り扱う範囲では有効に作用していると考えられます。

 

そのため、溶接閉鎖かどうかが「構造計算」の結果に影響を与えることはありません

 

解析技術や数値を過信してしまい、計算上表れない部分が疎かになっている設計もありますが、こうした工夫を行っていることは評価できます。

 

消費者としては溶接閉鎖に固執する必要はありませんが、構造設計者の意図がくみ取れる面白い部分です。